地域に信頼され、愛される病院をめざして奉仕の精神でつとめます。

医療法人 浩然会 内村病院-精神科・心療内科

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フレブルチョビのちょびっと話32

2020.08.03

 

 

夏を通しての暑さが身にこたえる時期となりました。

8月は阿多先生です。

早速ですが

①犬🐕派?猫🐈派?その他?

 犬派です

②家では何か動物を飼っていますか?

  何も飼っていません。以前犬を飼っていましたが、ペットロスがひどく

 今は飼わないことにしています

③内村病院の勤務歴はどれくらいですか?

 14年です。

④主な仕事内容は?

 医師です。

⑤内村病院のココが面白い!何か印象的な事はありますか?

  昔から内村病院には、個性豊かな人間も含めていろいろな生き物

(🌳木、草、鳥、犬、🐇ウサギ、鯉、エビ、ヤモリ、虫)などが住んでいます。でも不思議とまとまっている

のですね。「みんな ちがって みんな良い…」という感じですかね。

この多様性が内村病院のパワーの源かもしれません

⑥趣味や特技はありますか?また最近はまっている事ありますか?

 趣味は、写経、生け花🌸です。

 はまっている事は、剣玉と落語です。

阿多先生 ありがとうございました。

※チョビは自宅で療養中です。一日も早い回復を、心から祈っています。

 

カテゴリー:フレブルブログ 

病棟の取り組み、最近の出来事

2020.07.16

3病棟では、今年になって中庭でトマトキュウリの栽培を患者さんと一緒に行っています。

水やりや草取りを一緒に行い、ここまで大きくなりました。

スイカにも挑戦していますので大きくなったら、写真を載せたいと思います。

 

カテゴリー:看護部門 

七夕~願い事~

2020.07.08

作業療法ブログ更新!令和2年 part7

先日、7月7日は七夕でした。七夕といえば、「織姫と彦星」ですよね(*´ω`)

小さいころから何度も聞いてきた織姫と彦星のお話。
年に1度、七夕の日にしか会えないという、ちょっと切ない物語ですが、前々の1病棟ブログ「織姫と彦星」の内容を見て、おそらく皆さんも知らない真実があることを知りました。

【織姫と彦星は恋人ではなく夫婦だったんですね!】

しかも、年に1度しか会えなくなった理由は、

【夫婦で遊びほうけて仕事をしなくなったから】と…

知りませんでした(;^_^A

そろそろ二人を許してあげてほしいなぁ~なんて気持ちになりますが、やっぱり「織姫と彦星」と聞くとロマンチックなので、このように物語は伝承されていくのでしょうね~( *´艸`)

皆さんが小さい頃、何の願い事を短冊に書いていましたか?

ネット上に幾つか子供らしい発想での願い事を発見したので、一押しの三選を紹介したいと思います。

ソース画像を表示「みんなをまもりたい」

正義感のある子どもでしょうね。

 

 

 

 

 

ソース画像を表示「ラーメンがのびませんように」

確かに麺が伸びる前に食べたいですよね。

 

 

 

 

Fyo7u2kqjsafeyn9btdk「おねえちゃんがうまれますように」

妹が生まれる可能性はあるけど、お姉ちゃんは…何とも言えない切実な願い事ですね。

兄弟が欲しいという願い事は、意外に多いようです。

 

 

来月は、夏真っ盛りの内容で予定しています!お楽しみに~

 

 

カテゴリー:作業療法 

🌽野菜レディース🍅

2020.07.16

野菜レディースとは、野菜を作っている所から食べるまで愛情を持って接するプロである。

これは、たんぽぽ館の野菜レディースが残した名言集の中の1つである。

野菜を育てると言う事は、わが子のように愛を持って接する事。by野菜レディース

野菜は、人と一緒で環境に弱いのよ。by野菜レディース

手を掛けただけね、素直に育つよ。野菜は!!by野菜レディース

 

カテゴリー:たんぽぽ館 

織姫と彦星

2020.06.29

7月7日・・・・

天の神様は、娘「織姫」が毎日、身なりに気を遣わずに美しいはたを

織っているのを不憫に思い、牛の世話に真面目に励む若者「彦星」を

娘の結婚相手に決めました。

二人は仲睦まじく暮らしていましたが、暫くすると

遊びほうけて全く仕事をしなくなってしまいました。

それに怒った天の神様は、二人を天の川で隔てて引き離しましたが

二人は悲しみにくれてしまい、全く生気が無くなってしまいました。

そこで天の神様は、二人が真面目に仕事に努めるならばと

「7月7日」だけは会うことを許しました。

 

「七夕」の夜の天の川を見上げると、織姫と彦星が仲睦まじく輝いているかも

しれませんね。

 

あまりにも仕事を真面目過ぎても、怠惰過ぎても・・・。

ほころびがきてしまうのかもしれませんね。

時には良い加減の「てげてげ」が良いのかも・・・。

 

今月も患者さんと「七夕のちぎり絵」の楽しい時間を作る事が出来ました。

 

1病棟 ブログ委員会

 

 

 

カテゴリー:看護部門 

PSW平成見聞録~第1章~

2020.06.29

西諸地域精神保健福祉協議会だより「ときめき」で、“今年の「こすもす祭」は「第20回全国障害者芸術・文化祭みやざき大会」との合同開催として開催され、精神障がい者だけでなく、知的・身体障がい者の方々も一緒に参加できる内容を企画します”、との記事が載っていました。(残念ながら新型コロナウイルスの影響で延期になりましたが…)

「そんな時代になったか…」と感慨深く、“ときめいた”ので、今回は「こすもす祭」開催に至るまでの思い出を書きたいと思います。

 

昭和63年7月より精神障がい者の「人権擁護」「社会復帰」の2本柱を掲げた「精神保健福祉法」が施行され、長期入院者の社会復帰促進が動き出しました…が、現実はそんなに簡単なものではありませんでした。一番の壁は根強く残る精神障がい者に対する「社会的偏見」であり、もう一つは社会資源の圧倒的な不足でした。

当時は、精神障がい者は「医療」の対象者であり、「福祉」の対象ではありませんでした。

そのため、精神障がい者が病院を退院した後に使える福祉サービスはほとんどなく、「精神保健福祉法」の中で初めて「社会復帰施設」が制定されましたが、それらの設立も病院の自助努力であり、また新たに建てようとしても精神障がい者に対する偏見から、地域によっては建設を反対されたり等もあり、なかなか数は増えず地域格差が著明でした。

 

そのような状況のもと、「社会復帰促進」の担い手として期待された職種が、PSW(精神科ソーシャルワーカー)です。

当時は、医療ソーシャルワーカーを専任で雇用している病院は少なかったのですが、精神科病院は法改正を機にほとんどの病院に専従で配属されるようになりました。それでも1病院に1~2名という状況でした。

病院内で「ソーシャルワーカー」としての業務も確立されておらず、それぞれが手探りで業務を行っていました。変わりゆく社会情勢下で、目まぐるしく制度が代わるのに、今のようにインターネットもなく、専門書を取り扱っている書店もなく、情報を収集するのが難しい時代でした。そのような中、自分だけで多種多様な問題を抱える処遇困難事例に対応するのは至難の業でした。

同じように悩みを持つソーシャルワーカーは多く、昭和39年4月に発足した「宮崎県医療社会事業協会」(現:宮崎県医療ソーシャルワーカー協会)に属し、そこでの勉強会や情報・意見交換、先輩ソーシャルワーカーからの助言や指導、同職種間の絆が唯一の拠り所になっていました。

私が就職した頃は、協会員は約45名位だったと思いますが、医療・保健・福祉に属する県内各地の協会員すべてと顔の見える関係づくりができていました。なので職場に自分しかソーシャルワーカーがいなくても、困ったときに相談、支援、連携がなされ、一人で問題を抱えることなく、研鑽を重ねることができていました。今でこそ「多職種連携」「顔の見える関係づくり」の必要性がうたわれていますが、我々ソーシャルワーカーの先輩方は、すでにこの時点でそのノウハウを構築しており、それを引き継いだ私たちも「連携づくり」を得意とする職種であると自負しています。

 

そのような状況の中、宮崎市内の精神科病院の大先輩(師匠)の下で修業を積み、平成3年に郷里である小林の精神科病院へ転職したのですが、当時の西諸の地域性は、精神障がい者への偏見も強く、まだまだ閉鎖的でした。

ただ法改正とともに病院の開放化が進み、長期入院患者さんが外へ出る機会は増えてきつつありました。それでも、まだまだ病院中心の生活が続いている状態で、病院間や関係機関との交流もほとんどない状態でした。しかし、先程書いたようにソーシャルワーカー間の交流は行っていました。

私が就職した病院は初のPSW雇用であったため院内に相談できる人もなく、困ったことがあった時は、西諸第1号PSWであるK師匠(当院初代PSW)の下に相談に通いました。そこへ3代目PSWが加わり、顔を合わせると「西諸をどげんかせんといかん」という話題になっていきました。

・・・それが、「こすもす祭」の前身となる「第1回 小林保健所管内精神障害者スポーツ交流会」開催へつながっていくのですが…、長くなったので、続きは次回へ(^o^)/ 

 

カテゴリー:地域医療連携室・精神保健福祉士 

つばめ

2020.06.25

蒸し暑い日が続きますが、皆さん体調は崩していないでしょうか?

 

今回は病院とは関係のない話なのですが、最近私の自宅のデッキに出来た燕の巣を紹介したいと思います。

今月の中頃から家の周りを飛び回っている燕をよく見かけたのですが、あれよあれよという間に巣が完成していました。

今はまだヒナの姿は確認できませんが親鳥が巣の中でじっとしている姿を見ると、今は卵を温めているのかなと思います。

初めての燕の巣なので、無事に巣立ってもらえるよう静かに見守っていきたいと思います。

また機会があれば経過を報告していきたいと思います。

 

ちなみに燕の事を少し調べてみました。

渡り鳥として有名ですが越冬する際は台湾を経由して、フィリピン・マレーシアまで飛んでいくとの事。

また雷や家事を防ぐ生き物として信じられ、子供を産み育てるおめでたいしるしの鳥として愛されているようです。

 

カテゴリー:看護部門 

フレブルチョビのちょびっと話31

2020.07.07

 

日ごとに陽射しも強くなり木陰の恋しい季節となりました。

7月は日高さんです。

早速ですが

①犬🐕派?猫🐈派?その他?

 犬派🐕です。

②家では何か動物を飼っていますか?

 何も飼ってはいませんが、弟が犬🐕2匹(チワワ、ポメラニアン)を飼っています。2匹とも甘えん坊で遊びに行った時はとても癒されています。

③内村病院の勤務歴はどれくらいですか?

 5年です。専門学生だった時に担任の先生から入職している卒業生から募集しているという話を聞いたのがきっかけです。

④主な仕事内容は?

 医事課で入院担当です。主に入院される患者様の事務手続きや入院料の計算などを行っています。

⑤内村病院のココが面白い!何か印象的な事はありますか?

 私を含め 小林市外(宮崎市や都城市など)から出勤している方が多いことです。

⑥趣味や特技はありますか?また最近はまっている事ありますか?

 趣味は、休みの日に漫画📖を読み、ゲーム🎮をしています。

 はまっている事は、2年くらい前から知人の誘いでナイトテニス🎾

(軟式)をしています。その翌日はいつも筋肉痛です(笑)

 

日高さん ありがとうございました(^-^)

カテゴリー:スタッフブログ , フレブルブログ 

ART 3

2020.06.12

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、「子供のいたずら書き」の様に描く「孤高の詩人」

サイ・トゥオンブリーを紹介させていただきます。

1928年 アメリカ・ヴァージニア州生まれ、

1950年代ロバート・ラウシェンバーグ等と共に活動を始め、

アメリカの抽象表現主義の第二世代と注目されたが、次第に独自の道を歩みます。

一見すれば、ただ乱雑に即興的に投げ込まれたかに見える絵の具の散乱、

ギリシャ・ローマ神話などの言葉の断片、落書き風の筆の走りなどが

互いに触発し合い、または、否定し合いながら様々なイメージを惹起。

その画風は「描画された詩」と大絶賛。

「落書きのようだけれど、ART・・・」

楽しい世界へ、皆さんもどうぞ。

1病棟 ブログ委員会

カテゴリー:看護部門 

☆梅雨&てるてる坊主の話☆

2020.06.15

作業療法課 part5

近頃は蒸し暑い日や雨の日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

6月といえば「梅雨」。宮崎県も平年より1日早い5月30日に梅雨入りしました。

今回は、「梅雨」の由来と「てるてる坊主」について紹介したいと思います。

 

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「梅雨」の語源は中国にあり、中国から「梅雨(ばいう)」という読み方で日本に伝わったそうです。

確かに天気予報等で「梅雨前線(ばいうぜんせん)」とよく聞きますね。中国にも「梅雨」があるということですね。そして、江戸時代に入るころになると「梅雨(つゆ)」という読み方になったそうです。

では、「梅の雨」と書いて、なぜ、「梅雨(ばいう)」と読むのか・・・。

その語源についてはいくつかの説があり、最も有力な説は、この6月~7月の時期に「梅の実が熟す時期」にあることから、それにちなんでこの名前が付けられたという説です。

病院内の梅も熟れており、先日デイケアの皆さんで梅干し作りやシロップ漬けを作っていました。

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もう一つ。

みなさんは、♪あ~した天気にしておくれ~♪でお馴染みの「てるてる坊主」を作ったことがありますか?「てるてる坊主」は、「坊主」というのだから男の子かなと思っていたのですが、調べてみると女の子だそうです。

そもそも「てるてる坊主」は、中国の掃晴娘(そうせいじょう)と呼ばれる人形をした切り紙を門に貼って晴れを祈る風習から来たとされています。

その理由としてこんな話があります。

昔、中国の北京には『晴娘』と呼ばれる賢くて美しい娘がおり、ある年の6月に大雨が降り続いて人々が困っていた時に「大雨が止みますように」と晴娘は天に祈りました。
そしたら、天から「東海龍王の太子の妃になれ、でなければ北京を水没させる」という声が聞こえ、晴娘はその声に従って天へと昇って行ったのでした。
すると、空は雨雲を箒(ほうき)で掃いたように晴れていきました。
それ以来、切り紙の得意だった彼女を偲んで、雨の日が続くと紙で『掃晴娘』を作って吊るすようになったのそうです。

その切り紙がこれ↓です。「てるてる坊主」の元祖でもある『掃晴娘』も何だか可愛いですね。

次回は7月にブログ更新します!お楽しみに~(^^)/

カテゴリー:作業療法 
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